基礎知識7



錬金術


 錬金術、英語で「Alchemy」と呼ばれるこの術は、その言葉に見られる様に「Chem」= ケムの地、エジプトで発展した学問である。現在、一般的には「錬金術」というと金に 目の眩んだ愚者によって研究された盲目的な実験であり、せいぜい役に立ったところと いえば、現在の化学の基礎となったと言う認識しかないのが現状である。ここでは、 魔術を研究する学徒にそれらの誤解と偏見の奥に埋もれた秘儀的な錬金術の姿を少しでも 説明しておこう。



 その発祥は一番有名な伝説では智恵の半神半人、ヘルメス・トリスメギストスから授けられた 学問とされる。また別の伝説ではアダムが楽園を追放されたとき天使ラツィエルから授けられた 2つの知識のうちの一つであるともされる。その時天使はもう一つの知識、カバラと共にこの 智恵を完全に修得すれば人間は禁断の木の実の呪いから解き放たれ、再び楽園に帰る事が出来る と約束したと言う。これらの伝説からも解るように本来、錬金術とは金属の金を求める事のみに その目的があったのでは無い。自然の状態では不完全であるとされるものを神秘的な手法を 用いて、完全たるもの・至高の状態へと高める事こそがその最高の目的であった。

 錬金術師は全ての物質には本来「神」が内在し、完全なものへと成長していく性質があると 説いた。その成熟には2つの方法があるという。一つは「自然」である。金属は自然の状態で 完全な形で成長すれば、本来、何もしなくてもやがて金になると考えられていた。人間もかく 在りである。しかし、自然に任せたこの作業は、この世界の様々な不純物に影響を受け、場合に よっては果てしない時間がかかってしまう。そこで、人間の「技術」の介在により、短時間で この作業を完成させ、完全な物質を作りだすための秘薬を作ろうとした。それこそが、 「賢者の石」あるいは「エリクサー」と呼ばれるものである。

 不完全である物質を技術によって完全にするためには、まずは物質を形作っている構成を 知らねばいけない。この理論付けには古来より伝わる四大元素の考えが用いられた。物質には まず全ての源たる「第一原質」(プリマ・マテリア)が秘められているとされる。この第一質量 から地・風・水・火の四大元素が生まれた。そして、この四大元素にもう一つ第五元素「精気」 (キンタ・エッセンティア)と考えられる非物質的な要素が加わり、この世界の物質は 成り立っていると考えられた。不完全な物質とはこれらの5つの要素のバランスが狂っているの である。そのため、錬金術師はまず物質を「哲学の卵」と呼ばれる密封された容器にいれ、 「焼成」「溶解」「分離」などの複雑な工程を経て極限まで第一原質に戻す作業をなした。

 この世のあらゆる物質には対極性がある。光と闇、男と女、善と悪、熱と冷、父と母、 太陽と月。世界はあらゆるものが対立しあっている。錬金術においては第一原質のこれらの 対立を「聖なる婚姻」により統合させ、新たな誕生を目指す。この統合によって生まれた ものが「AZOTH」である。古い錬金術書では、この作業を太陽の王と月の王妃の合体に よって生まれた子供として象徴する。AZOTHの言葉自体は全てのアルファベットの 始まりの字A、ラテン語の最終文字Z、ギリシヤ語最終文字O、ヘブライ語最終文字Thの 組み合わせから成り立った文字であり、始まりと終わりの統合を象徴する。そして、錬金術には 重要な標語がある。「火とAZOTHを得るなら、汝は全てを得る」。

 錬金術師はこの対立の統合物から「賢者の石」を作る事を目指す。この賢者の石の製造時には 「水銀」「硫黄」の2つの要素が重要視される。また、これに「塩」とよばれる要素が加わると 賢者の石の代表的な3要素とも言われた。下にそのシンボルを示す。

3原理

硫黄
水銀



これらの要素は今現在一般にその名で呼ばれてる物質をそのまま指すものでは無い。まず水銀は 錬金術師の間では「あらゆる金属の母」と呼ばれる象徴物を指す。それは物質の水銀が金属で ありながら水のような性質を持ち、熱すると容易に気化する事から通常の金属では対立する 要素がその中に統合されているからである。そしてこの統合の要素から水銀は「両性具有者」 とも象徴的に呼ばれた。次に硫黄はその激しく燃え上がる性質から、この水銀の変容の過程に 欠かす事の出来ない火を提供する象徴物を指す。そして塩は水銀と硫黄によって出来あがった 物質を固定させ「賢者の石」に仕上げる象徴である。

 賢者の石を作り出す作業には第一原質を「黒化」「白化」「黄化」「赤化」させるという 4つのプロセスがある。まず、哲学の卵において極限まで第一原質に戻され、聖なる婚姻に よって統合された賢者の石の原料は破壊され、死が訪れる。これを終えた原料は湿った熱に よって腐敗・黒化し、墓場のような悪臭を放つ。次に白化において原料は洗浄され「白い石」 になり養分を与えられ成熟してゆく。この間も原料は加熱されたり冷却されたりと幾度にも 渡る浄化が行われる。そして、いよいよ黄化において成熟した物質は黄金と化す。しかし、 この段階に留まらず、なおもより完成を目指す錬金術師はさらに赤化と呼ばれる工程を経て、 増殖した原料を賢者の石と化すわけである(ちなみに錬金術書によっては黄化と赤化の順が 逆になってる場合もあるので注意する事)。こうして出来上がった賢者の石は、それを使う 事によって卑金属を金へと進化させたり、それを人間の体内に取り入れる事によって不老不死の 体へと変化させる事が出来るという。

 その神秘的な理論で人々を魅了した錬金術も18世紀に入り科学が発展し合理主義が世の中に 広まると、いつしか人々から忘れ去られていった。しかし、近年になってこの忘れ去られた術に 光を当てた人物がいる。心理学者C・G・ユングがその人である。彼はその研究でこの錬金術に 隠された人間の意識の象徴的な変容過程を見出し、人々に改めてその真の価値を問いかけた。



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