基礎知識6



カバラについて


このHPの西欧神秘伝統の学習では、ユダヤ教に伝わる「カバラ」という教義を足がかりに学習を進めていくことになる。ここでは、学徒のために、その「カバラ」というものについての概略を示しておこう。ただし、先に注意しておくが、誤解しないで欲しいのは、ユダヤ教の教義を参考にするからといって、学徒がユダヤ教を信仰しなければいけないという事はまったく無い。その教義の中に現代の意識を探求する学徒にとって、とても有益な考え方が含まれているため、参考にさせてもらうだけなのだ。この点、学徒はよく注意しながら勉学を進めて言って欲しい。



 カバラ(QBL)。一般にはあまり聞かれる事の無いこの言葉は、ヘブライ語で「受ける」 あるいは「口伝え」を意味する。このカバラはそこから転じて、ユダヤ教で口伝で伝えられてきた 秘密の知識体系を示す言葉になった。その発端は謎に包まれている。一説には、モーセと呼ばれる 旧約聖書の聖者がシナイ山で神と対面した時、その一回目に律法(十戒)を授かり、2回目に 律法の魂(メシュナ)を授かり、3回目に律法の魂の魂、即ちカバラを授かったといわれている。 モーゼは、そのカバラの知識を旧約聖書の初めの4書に封じ込め、後の世に伝えた。この意味で カバラは、古来よりヘブライに伝わる教典・律法の書の秘められた解釈を受け伝えるための教えで あるとされるが、しかし、カバラの発祥にはもう一つの説もあり、その説ではアダムがエデンを去る時、 それを憐れんだ天使ラツィエルから伝えられた2つの知識の一つがカバラである、という事になっている。 ちなみにもう一つは錬金術となっている。この説ではカバラとは人間が完全な人間になり楽園に戻るための 鍵を含む知識体系だという事にもなる。また、後の世でもこの知識は度々、人間に天使から直接伝えられ たといわれ、イサクには天使ラファエルが、モーゼには天使メタトロンが、そしてダヴィデには 天使ミカエルが授けたと言う事になっている。この説は、ほぼ伝説的なものであり、真実では無いが、 カバラの重要さ、神秘さを表現する良い寓話になるだろう。

 しかし、そんな古くから伝わると言う話のある「カバラ」だが、実際に表の世界にカバラという名前を 伴って頻繁に現われるのは12世紀以降となる。それ以前は聖書の神秘的解釈学、「ユダヤ神秘主義」と いわれていた。この旧約聖書に秘められた知識を解き明かし神秘学的に解釈しようとするユダヤ神秘主義 の流れは西暦2世紀頃からその姿を歴史上に現す。2世紀頃、ユダヤ人はローマ人により過酷な迫害を 受けつつも、ユダヤ神秘主義において高名なラビ(ユダヤ教の教師)を、多く輩出させるようになる。 その中でもラビ・アキバ、その弟子ラビ・シメオン・ベン・ヨハイなどは、今でも関係する宗教では その名をよく知られた伝説的な人物である。これらの高名なラビ達の活躍もあり、その後3世紀から 6世紀に渡ってユダヤ神秘主義は華々しい発展を遂げる。この頃、世に出た本に「イェツィラーの書」 がある。この本の執筆者はラビ・アキバだったと言われるが、実質的には様々な人物、何人もの人の手を経て 今の形が作られたと考えられている。この書には、初めて「セフィロト」の言葉が使われたり、セフィロトと ヘブライ22文字によってこの世界が形作られたという、今のカバラに伝わる重要な考えが示されている。 カバラはその神秘的学習法として「恍惚的な瞑想による神の世界の旅」、「天路遍歴」、「招魂による トーラの宰相からの秘儀伝授」、「イエツィラーの書を原典とした文字の秘儀」等の知識を中心に、その内に 民衆の通俗的な「魔術」と呼ばれる知識までも取り込みながら、12世紀以降のカバラの体系へ移行していく ことになる。

 そして、12世紀後半、「バヒルの書(光明の書)」が生まれ、現在のカバラの教義の基礎的概念が 形作られる。また、13世紀後半スペイン北東部ユダヤ人居住区においてユダヤ後期カバラ思想体系の中心と なる「ゾハールの書」が出現。この書により、カバラは以降のユダヤ教において、唯一絶対の神秘主義的教義 へと発展していくことになる。この頃、世に出た有名なカバリストには、まず盲目のラビ・イツハクが 挙げられる。彼は後世のカバラ研究家ゲルショム・ショーレムに、「人格として捉えることの出来る、最初の カバリスト」とまで呼ばれ、その生涯には様々な伝説がある。彼はセフィロトと世界創造の関係を生涯を 通じて追求するという事を行なった。次にアブラハム・ベン・アブラフィア。彼は当時のローマ教皇ニコラス 3世をユダヤ教に改宗させようとして、教皇から「火炙りの刑」にされかけようとしたカバリストとしても 有名である。彼はまた言語魔術的な瞑想法による、神の教えへの到達を目指した。そして、ラビ・モーシェ・ デ・レオン。彼は「ゾハールの書」の真の執筆者ともいわれる。

 中世の間まで、カバラは主にユダヤ人の間のみにて研究され、同じ旧約を源とした宗教でも新約をその教義 の主体とするキリスト教徒の間では、ほとんど研究されていなかった。それは、この頃のキリスト教徒に とっては異教や異教の言葉に関心が無かっただけでなく、キリスト教徒の教祖を殺されたユダヤ人への迫害の せいもあったと思われる。しかし、ルネッサンスの幕開けとともに、その様相は一変する。ルネッサンスの ヒューマニストたちは、古代の芸術や学問に美を再発見し、異教徒の文献や 古代語にとても興味を示し はじめた。それは、それまで教会の権威によって封じ込められていたゾロアスター、ヘルメス、プラトン等 といった異教徒的な思想が、教会の行き詰まりに新たな思想を吹き込む活力として再生していく時代でも あった。その時代の潮流と共に、それまではユダヤ人にのみ伝えられていた、カバラがキリスト教徒の間でも 注目を浴びるようになる。キリスト教徒がカバラに魅了された理由の一つには、旧約聖書を記したヘブライ語 が”神の言語”であり、カバラが神の謎を解き明かす解読学とみなされた事もある。また、ユダヤ人は何度も 滅亡の危機に瀕してきたが、他の古代民族が滅び去っても、ユダヤ人のみが生き残っているのは、その根本と なる秘密知識のためだとキリスト教徒が考えた事もあった。

 そして、この時点でカバラは、唯一絶対の神との契約を厳守するユダヤ教のカバラ、ユダヤ教的カバラと、 キリスト教徒など、ユダヤ教徒以外でも神を信じるなら全ての民を救う、汎神論的な傾向を帯びた クリスチャン・カバラ、オカルト・カバラなどの大きな2つの流れを生み出す事になった。もともとカバラ 自体にも神秘的要素は多々あったが、クリスチャン・カバラの方がユダヤ教徒以外にも広まったため、 後の秘教体系の伝統により深く関わる事になる。2つの教義の違いは様々なところに見出せるが、例えば、 「イエス・キリスト」という人物の捉えかたにも大きな違いがあり、クリスチャン・カバラではイエス・ キリストを世界の「救世主」と見做す事があるが、ユダヤ・カバラでは、イエスは数ある賢者の一人として しか見ていない。あくまでも、ユダヤ・カバラは目にみえず人間には理解することも出来ない絶対神との個人 的な崇拝と契約により、救いを得られるとするのに対し、キリスト教においては三位一体、キリストによる罪 の肩代わりなどの、神の救いに対する緩やかな解釈が取り入れられた。

 大きく2つの流れに別れたカバラであるが、この項においては、以降、このHPで扱う事柄との関わりの 深いクリスチャン・カバラに関して説明して行く事にする。クリスチャン・カバラの発展初期においては、 プラトン学者ピコ・デラ・ミランドーラの活躍が注目される。彼はフラビウス・ミトリダーテス等のユダヤ人 学者から、カバラを学び、20代の時ローマで、「哲学的カバラ思想と神学における結論」等の出版物を 刊行し、キリストの神性を秘教体系やカバラ等の隠秘的な学説によって証明しようとしたが、正統的教会 からはその思想を認められなかった。しかし、彼は以降もカバラのキリスト教圏の普及に努める。ルネサンス では、それまで伝わっていたプラトンの異教的思想はカバラの叡智とも結び付けられた。それは「プラトンは ギリシア語を話すモーセ」という言葉にも伺えるが、ドイツに生まれたアグリッパ・フォン・ネッテスハイム は、新プラトン派を研究するうちに、秘教体系にのめりこみ、さまざまな哲学・秘教体系・カバラを統一 しようと尽力。その結果「隠秘哲学」という著作を世に発表。この本は以降の西欧の神秘思想に多大な影響 を与える事となった。他にもこの時代には信仰と医学を結び付けようとしたパラケルスス、ペストの撲滅に 貢献したすぐれた学者でもあったノストラダムス、天使の言葉といわれるエノク語を研究した優れた数学者 ジョン・ディー、写真術の父でもあるデラ・ポルタなど、西欧の秘教伝統界ではその名を知らぬものは初心者 と見做される人物が名を連ねる。18世紀においてはカバリスト・ファルク博士から教えを受けたと言われ る、エマヌエル・スウェーデンボリや、動物磁気説を唱えたアントン・メスマーなどにより、近代西欧の秘教 研究への基礎が発展する。

 そして19世紀中頃、一人の人物の登場によってより現在のカバラの基礎が作られる。その人物の名は アルフォンス・ルイ・コンスタン。現在では本名をヘブライ語化したエリファス・レヴィと しての名の方がよく知られているだろう。彼はそれまで伝わっていた様々な秘教的知識を統合、理論的に 再構築し、1852年、出版した著書「高等魔術の教理と祭儀」にて、この時代のオカルティズム復興の 中心人物となる。そして、それから僅かしか経たない1888年、イギリスに有名な「黄金の夜明け団」が 誕生する。この団にて特筆すべきはその秘教体系の中心にカバラ、特に生命の樹という概念をすえ、 それまで西洋に伝わっていた様々な秘教的知識を形良く纏めたところにある。以降、この秘教的カバラの 手法は学徒の間で受け継がれ、現在、このGDのカバラは様々な機関によって、研究される西欧神秘伝統 の基礎となっている。



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