「黄金の夜明け」団
(The Order of the Golden Dawn)
「黄金の夜明け」団とは正式名称をThe Order of the Golden Dawnといい、1888年、ウェストコット、メイザース、ウッドマンの3人によってイギリスはロンドンに生まれた西欧神秘伝統の研究活動を目的とした結社である。この結社は、西欧神秘伝統史上において、革新的な功績を果たした結社として有名であり、西欧神秘伝統を語るものならば、この結社の存在を抜きには語れないであろう。このページでは、このGD団についての、データを提供していくつもりである。
さて、GD団の前にも、西欧の秘教伝統の研究的活動を目的とした結社は幾つもあったが、このGD団という結社が今でも特別視されるのは、GD団が生まれるまでは様々な場所にバラバラにしか伝わっていなかった西欧の伝統的秘教知識を、カバラの「生命の樹」といわれる図形のもとに纏め上げ、この方面の初心者でも一つ一つステップを踏んで、理解しやすく学習する事が出来るようにした点にあるといわれる。
秘密の知識を研究する結社というと、一般の人は特別な能力を持つ人によって作られた、特異なものを想像するかも知れないが、GD団は創立者のウェストコットの意向で、基本的にオカルト的な事が好きだったイギリスの中産階級の人々が集まって出来た、いわば「同好会」みたいなものだったと言われる。ただし、1892年以降はこれまた創立者の一人であるメイザースによって、GD団の中にあった第2の団「ルビーの薔薇と金の十字架団」は、本格的な秘教結社に改造されたが、それでも団のメンバーの多くはやはり、団を一つの「趣味」と見なしていた。
また、メンバーもGD団のその同好会的性質上、バラエティーに富み、イギリスの中産階級の紳士淑女から、英国薔薇十字協会の最高指導者、軍人、人気女優、果てはインド太守までも、団の名簿に名を連ねていたといわれる。
ただ、この様な、それぞれに思想を持った人が寄り集まってする活動は、長続きしないのが現実で、団内でも様々なトラブル、分裂、果ては大喧嘩や喧嘩別れを引き起こしている。これについて人々は秘教結社という事で、崇高な理念からの意見の衝突を期待するかも知れないが、現実は、GD研究家ハウによると「小学生同士の喧嘩」レベルだったらしい。
GD団のこの変な伝統は、後々までも続いているようで、GD団に影響を受けた西欧の秘教伝統の学徒や団体も、様々な事で喧嘩を起こしたりなどの醜聞が絶えない。近いところでは、GD団の名前を商標として登録、同じようにGD団の名前を使っていた別の団に、その名前を使わせなくしてしまった団まである。
基本的に人は、こういった思想的なものをあまり真剣に理想化・追求すると、自分の考えが絶対だと思うらしく、人を攻撃する事が多くなる。これは心理学でいう「シャドウ」に近く、自分が何か理想を掲げると、人間はやはりその理想と遠いところを我が身に見出してしまう。そして、自分の中に潜む、その自分の認めたくないものと同じものを持つ他者に出会った場合、人はその自分の認めたくないものを他者に投影、その投影された他者が悪いものだと思い込んで、相手を攻撃する原理である。
この過去のGD団や学徒達の過ちからも、これらのように思想的にも成りうるものを研究する者には、 「真理」とは「人の数」だけあるものであり、自分が正しい事だと思っても、それが他者にとっては正しくなかったりするという事は、幾らでもある事を覚えておいて欲しい。そして、私はこのHPを見る人に、例え意見が違ってもお互いを認め合い、協力し合って、自分を高めていく事をモットーとして欲しい。人間は一人一人の力は微々たるものであるが、協力して何かを為す場合、その力は計り知れないものになるのだから。
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